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3・11あのときフクシマで、なにが起こっていたのか? 「まうみ」さんのブログを読んで、心が凍りました。真実が知らされないまま放置された市民の不安、悔しさが伝わってきます。「まうみ」さんにリンクをお願いしましたので、ここに転載させていただきます。 防護服の男 (10) 口止めされた警察官 http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/f13884af9cb768d68c404735366479dd?st=0 「あの時、福島のある町で起こっていた、25人の真実」より転載 ■ 関場和代(52)は3月14日、会津若松市の親類宅に避難した。 家は、菅野みずえの家に近い、浪江町南津島にあった。 その後も、避難指示がないため4月2日、ひとまず自宅に戻った。 数日して、家の前に自衛隊のジープがとまり、隊員が降りてきた。 安否確認で来たという。 そのころ、浪江町の放射線量が高いことが報道されていた。 それが心配で、おそるおそる尋ねた。 「この辺の線量はどのくらいですか」 隊員はにっこり笑い、ここは大丈夫だと答えた。 「私たちは線量計を付けています。1日にどのくらい線量を浴びたか分かるんですよ」 和代はそれで安心した。 家に閉じこもるのをやめ、近所に出かけていった。 4月17日。 近くの橋の上にいると、男が近づいてきた。フリージャーナリストの豊田直巳(55)だった。 和代が、自宅の線量を測ってほしいと頼んだ。豊田は、敷地のあちこちを測りはじめた。 玄関の雨どいの下を測ったとき、豊田が「ワッ、これは大変だ!」と叫んで立ち上がった。 ためらう豊田に、和代は「本当のこといってください」と頼んだ。 「2時間いたら、1ミリ吸います」と、豊田は答えた。 豊田によると、そのときの線量は、毎時500マイクロシーベルトを超えていた。 2時間いただけで、年間許容量の1ミリシーベルトを超える値だ。 具体的な数字を初めて聞かされ、大変なことだと初めて自覚した。 和代はあわてて身支度し、豊田に見送られて家を飛び出した。 数日後、ネコを引き取りに、再び家に帰った。警視庁のパトカーが敷地に入ってきた。 「ここって高かったんですね」と、30代ぐらいの警察官に聞いてみた。 「そうなんです、高いですよ。でも政府から止められていていえなかったんです」警察官はそう答えた。 和代はびっくりした。ジープの自衛官がいったことは何だったのか。 「もし自分の家族だったら、同じことがいえますか。真っ先に逃がすでしょう。私らのことは、しょせんひとごとなんですかね」 7月、中国の高速鉄道事故で、証拠隠しが発覚した。 日本のメディアは、中国政府の対応を厳しく批判した。 和代は腹が立ってくる。「日本だって同じじゃないの」
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